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居留地の遺産02

テントの家

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21世紀の塔

壁と窓

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最古の浴槽

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5. 素晴らしき建築の世界の最近のブログ記事

街の記憶をのこす

 

居留地の遺産02

ご愛読、ありがとうございます。

 

写真のビル、皆さんはご覧になったことがおありでしょうか。その重厚でかつエレガントな外観、素晴らしく美しい階段をもつ内部。このビルは、神戸の旧居留地に建つ「商船三井ビルディング」です。

 

この商船三井ビルが建てられたのは1922年。大正11年です。築90年を数える歴史的建築物で、まさに「旧居留地の顔」と言える建物なんですよ。今は内部も家具売り場やギャラリーになっていて、気軽にその空間を楽しむことができます。私も行くたびに、その空間を堪能しています。

 

設計者は、当時関西を代表すると言えるほどの著名な建築家であった渡辺節。同じく関西で非常に有名な建築家、村野藤吾の師匠にあたる方ですね。

 

このような歴史的建築物で、角の部分に丸みをもたせ、さらにその部分が建物の正面、顔になるというのは、とてもユニークなものなのですが、そこが名手・渡辺節。とても上手にデザインをまとめてあり、何ともいえない味わいがあります。建築当時は「異彩を放つ」と形容されたそうですから、とても斬新なデザインだったのでしょうね。

 

このビルは関西・淡路大震災でも大きな被害を受けることなく残ったのですが、神戸港のすぐそばに建っているという事情もあり、地下水の対策などによる維持費が少なからずかかっていたとか。そのため、実は2005年から商船三井の社内で建て替え、取り壊しの検討がなされてきたといいます。

 

しかし、旧居留地の「顔」とも言えるその価値、他のビルにはないその魅力を何とか残せないか、という声があがり、結論として、継続使用を決めたそうです。しっかりと耐震補強を施した上で。いや、全然知りませんでした。ほっと胸を撫で下ろす、とはこのことです。

 

このビルはコの字の形の平面をしているのですが、耐震補強工事はそのコの字の中、中庭部分に鉄骨の構造体をつくり、それで既存の構造体を補強するという考え方で、数億円をかけて実施するそうですね。

 

外から見えない中庭を利用して補強をし、その外観と室内の空間を守ろうというもの。大正期のビルを室内まで残すというのは非常に珍しいことだと言えます。素晴らしい決断ですし、とてもいい案だと思います。

 

神戸の旧居留地と言えば、歴史的建築物が多く残る、とてもいい雰囲気の街で、観光スポットともなっています。その「顔」と言える建物が今後もそのままの姿で生き続け、街の記憶をさらに次世代へとのこすことができる。

 

歴史的建築物の保存といっても、その上っ面だけであったり、同じ物をつくりなおしたり、とても「保存」とは言えない不細工なものが多い中、この商船三井ビルがそうならなくて本当によかった。心からそう思うのです。

 

補強工事は4月着工、年内竣工だそうです。と言っても、工事自体があまり目立たないのかもしれませんね。まあ、それが一番いいわけですが。とにかく、めでたしであります!



テントハウス

 

テントの家

 

ご愛読、ありがとうございます。

 

震災で体育館に避難した方々の居住環境について、間仕切りの役目をする「布」を設けたらプライバシーが格段に向上した、という話を以前このブログで書きました。

 

しかし、今日ご紹介する「家」なら、もっと居住環境は向上したでしょう。プライバシー確保という意味でも、それ以前の断熱や防音という点でも。

 

写真でご覧のこの新しい「家」、これは「アルミテントハウス」というものだそうです。

 

大きさは一辺が2.4mの立方体で、床面積が5.76㎡。約3帖半というところですね。これを連結していくことも可能だとか。

 

8本のアルミフレームと、収納ケース兼ねたアルミの床パネル、そしてパラシュートなどに使われるナイロンタフタという布からなっていて、総重量は86㎏と、その大きさにしてはかなり軽いですね。大人が3人で、約30分で組み立てられると言います。

 

これはいままであったテントよりも「家」に近いものだと思います。テントと仮設住宅の間くらいの手軽な感じが、色々と可能性を感じさせてくれますね。

 

テントと同じような布を使いながら、ぐっと仕様が向上しているそのポイントは、ひとつにはアルミを用いた軽量な構造体でしょう。それをテントのような四角錐ではなく、立方体に組んでいることで、ぐっと建物らしくなっています。

 

そしてもうひとつはそのテント膜の構造。テントが2枚、二重構造になっています。この間に空気を入れることで、それが断熱材、防音材の役目をしてくれ、性能を大幅に向上させています。

 

さらには、この膜は白く、光を透過するので、室内が暗くならないという利点もあるんですね。明るいということは、狭さを感じにくくなる、という効果もありますし。

 

災害時に体育館などの大スペースで暮らすことを余儀なくされた時、このようなテントハウスがそれぞれの暮らし、その安全とプライバシーという安心を確保してくれる。そういう使い方ができそうです。

 

また、キャンプ用のテントの代わりとして、レジャー施設などで常設しておく、というのもよさそうです。色んなイベントでのブースや休憩室のような使い方も思いつきますね。

 

自治体や企業、団体向けの受注生産品だそうですが、今まであったものに比べとてもお洒落だし、モバイル性もあります。何より、何だか中に入るのが楽しそう、というところがいいですよね。

 

きっとこれは、そのうちあちこちで見かけることになるような、そんな気がする私であります。



銀閣の真相

 

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ご愛読、ありがとうございます。

 

東山文化の象徴、慈照寺銀閣。鹿苑寺金閣の煌びやかな美しさと比較して、その落ち着いた佇まい、枯淡の美が、いわゆる渋好みの人々に愛されてきた建物だと思います。

 

しかし、この530年前につくられた建物も、創建当時は今とはずいぶんと違った姿だったのですね。

 

それは2007年から2010年にかけておこなわれた調査、修理事業によって判明したようですが、今回その当時の復元模型がつくられ、慈照寺に寄贈されたのだそうです。

 

模型は建物の一部、2階の外壁と軒廻りの部分で、建物と同じ原寸大で製作されています。画像は、今の銀閣の写真に復元模型の写真を載せてみたものですが、おわかりになりますでしょうか?

 

2階の「花頭窓」と言われる窓の部分、そしてその上の軒を支えている部材のあたりですが、驚くほどカラフルですね!

 

調査の結果、2階の外壁と内部には黒漆が塗られてツヤツヤとしていたことがわかったそうです。また、軒廻りには亀甲紋や条帯紋などと呼ばれる文様、花の文様などが、赤、青、緑といった顔料を使って極彩色に塗られていたのだとか。いやあ、創建時は全然「枯淡の美」ではなかったのですね。驚きました。

 

さらに、下層部分の間取りも、昔は今とは違っていたことも判明したそうです。これもまた大きな発見です。

 

銀閣は、室町幕府の8代将軍・足利義政がつくったもので、用途は、彼の別荘です。義政公がどんな建物をつくろうとしたのか、その全貌はまだわかりませんが、私が思うに、義満公の金閣を意識しなかったはずはないでしょう。

 

あの金色、それとは違った美しさを求めて義政公が選んだのが、黒い漆と極彩色の文様だったのですね。その部分だけ見れば派手ですが、面積比から言えば黒漆や屋根の桧皮葺などのほうが大きく、おそらくあまりどぎついものではなかったのではないか、割に落ち着いた美しさを誇ったものだったのではないか、と想像します。

 

今見る「枯淡の美」ではないにしても、当時の最先端であり、今までにない価値を創造した建物であったことは間違いなさそうですね。そんなことが徐々に明らかになり、当時の意匠とその文化的な位置づけが判明してくる。それはとても素晴らしいことだと思いますし、歴史のロマンを感じますね。

 

義政公が遺してくれた素晴らしい宝。次に銀閣を訪れる時は、その在りし日の姿を想像しつつ、じっくりと眺めることにしたいと思います。



21世紀の塔

 

21世紀の塔

 

新年、明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

新年一回目ということで、今までとは全く違う、新しい「建築」の世界を拓くような建物のことを。

 

写真は、台湾中部の台中市に建設が計画されている「台湾タワー」のコンペ最優秀作の完成予想図です。透けるような巨大なタワーが光り輝き、夜空に映えて美しいですね。

 

この画像は横からですが、この塔の平面的な形は三角形です。これは台湾島の形から来ているそうで、床面積は1万㎡。てっぺんは平らで、高さ300メートルの上空に、2000人が収容できる庭園が浮かんでいるというもの。今までつくられてきた「塔」というもののイメージを全く根底から覆す、斬新な形です。

 

しかもその構造体は、ガジュマルからヒントを得たという複雑に絡み合った支柱構造となっています。とても口では説明できないもので、下から見上げるとこんな感じになるといいます。まさに透けるような構造ですね。

 

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この台湾タワーコンペで最優秀を勝ち取ったのは、日本の建築家、藤本壮介氏です。氏はこの建物のコンセプトを「21世紀のオアシス」だと述べています。

 

氏は言います、今まで「塔」とは、高さを競うための構築物であり、その形状は全て、初期の塔の傑作である「エッフェル塔」のバリエーションの域から抜け出せていないと。

 

そしてこの台湾タワーは機械ではなく環境であり、高さを競うための単なるモノではなく、現象としてのタワーである、と。

 

塔の下には、支柱構造の間から木漏れ日のような光が漏れる、森の中のような「地上のオアシス」をつくり、地上300メートルには屋上庭園という「空中のオアシス」をつくる。そんな「21世紀のオアシス」としての塔。確かに、出来たら是非見てみたいと思う、とても魅力的なものですね。

 

私は、木造住宅をつくることに携わっていますが、すべての建築物が木造でないといけないとは思っていませんし、高層建築物が嫌いなわけでもありません。

 

むしろ街づくりとは、高層化するところはどんどん高くして超々高層化し、その分周辺に緑のエリアを増やすような、ヒエラルキーをもったものであるべきだと思っています。そして、人が暮らす場所、そのインターフェイスの部分には自然素材を使ったほうがいい。そう考えているんです。

 

一様に似たような高さの箱型のビルばかりが延々と並ぶから、街は変化に乏しく、どこもかしこもコンクリートとアスファルトの色になってしまうのではないでしょうか?

 

ですから、このようなタワーの建築、それも新しい建築の形を提示してくれるようなものには、とても興味がありますね。技術の粋を集めて自然の形に近づいていくような造形は、まさにこれからの建築の有り様だと感じます。

 

この台湾タワー、2017年の完成を目指して計画が進んでいるそうです。完成の暁には、きっと凄い観光の名所になることでしょう。

 

この新しい塔を見ても感じるように、建築とは、世界や人の暮らしを良くも悪くもする、大きな力をもっているものだと思います。そんな力を信じて、そしてその力を良い方へ使えるように、今年も家づくりに邁進していきたい。

 

そんなことを、年の始めに思っている次第であります。



壁と窓

 

壁と窓

 

ご愛読、ありがとうございます。

 

現在、「平成の大修理」がおこなわれている、国宝・姫路城。その大天守の最上階に「耐震補強」が施されていた、ということが判明したそうですね。

 

挿絵のように、現在は桁側面(長方形の長い方の面)に5つ、妻面(同短い方の面)に3つの窓があるのですが、築城の当初はその両側にあと2つずつ窓があった、というのです。

 

今回の大修理にあたって、天守部分も白壁の塗り直しをおこなうため、四隅の柱周辺の漆喰や壁土をはがしたところ、壁であるはずの場所に、合計8つの窓枠が現れたのだそうです。その大きさは縦1.5メートル、横1.6メートル。他の窓と同じサイズです。ということは、築城当初はもっと多くの窓が同じように並んでいた、ということですね。

 

調査の結果、この窓は「使われた形跡がない」ということがわかりました。どうも、築城の最中に急遽「設計変更」されて、板を張って塞ぎ、くさびで固めた上に、漆喰で埋めてしまったらしい、というのです。

 

おそらく、変更がされるまでの窓の数であれば、今よりももっと眺望が開け、360度の大パノラマになっていたと思われます。でも、それを取り止めて、壁にしたわけですね。

 

これは、冒頭に書いたとおり、おそらく「耐震補強」であったのだろう、と言われています。

 

地震などで大きく揺れた時、建物の四隅には、とりわけ大きな力がかかります。それに耐えて踏ん張るために、四隅には壁があった方がいいわけですね。建物がねじれるのを防ぐ意味でも、その効果は大きいのです。

 

築城当時の美しい姿を残すことから、国宝に指定されている姫路城。その築城は西暦1601年(慶長6年)から始まって、9年の歳月を要したといいます。

 

実はこの頃、日本各地で地震が頻発していたのだそうです。築上最中の1605年には、マグニチュード7.9という地震があった、と推測されているとか。「慶長大地震」というそうです。そのこととこの「設計変更」とは、無関係ではないでしょう。

 

国のシンボルとも言える城。その築城中に、とんでもない大地震があった。姫路も揺れたのでしょうね。おそらく、「これはいかん!」となったのでしょう。損壊を未然に防ぐ意味で、窓を減らし、眺望を犠牲にしてでも、壁を増やすことによる耐震補強を実施したわけですね。

 

姫路市による耐震面の調査によると、やはり四隅も窓のままであったとしたら、震度6強の地震の際には強度が不足し、柱が折れるなどの被害が予測されるそうです。

 

現代の技術であれば、窓を復元し、眺望を確保しながら耐震補強することは、おそらく可能でしょう。復元したなら、360度の眺望が期待できます。しかし、市はそれをせず、大修理前の状態に戻す計画だそうです。

 

私もそれがいいと思います。築城途中で変更になったとは言え、姫路城は今までずっとその姿で建ってきたし、その壁と窓の比率があってこその「白鷺城」、もう我々の目がそうなっていますよね。

 

ここで観光的な欲を出して、眺望が広がるような選択をしてしまったら、それは築城時に敢えて工事を変更した技術者たちの、国を思う心を蔑ろにする行為である。そうならなくてよかった。

 

耐震補強のこと以上に、私はそんな風にこの記事を読んで感じたのでありました。



熊野街道にそって

 

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ご愛読、ありがとうございます。

 

今日は、泉南市での建替の現場に、地盤調査の立会に行ってきました。紀州街道沿いの敷地ということで、周囲には写真のような古い民家がいくつも建ち並んでいます。

 

それもそのはず。紀州街道とは、古くは熊野街道と呼ばれて熊野詣(もうで)の一行で大いに賑わった道なのですね。そしてこの辺りは、「信達宿(しんだちじゅく)」と呼ばれた宿場町だった場所。

 

1000年近くも前から熊野詣で賑わっていたところへ、江戸時代に参勤交代制が確立され、紀伊の殿様が通る街道が整備されて、さらに発展したところなのだそうです。立派な家々が多いのも頷けます。家と言うより、元は旅籠だった建物も多いのでしょうね。

 

そして、この辺りの民家の建物には、少し特徴があります。上の写真にもそれが写っているのですが、おわかりいただけますでしょうか?

 

街道に面しては入母屋屋根の妻側(側面)が面し、いわゆる「妻入り」の形ですが、その妻側の下にもう一段低い屋根があり、その屋根の形が横に直角に飛び出していますね。

 

このようなかたちを「角屋造り(つのやづくり)」というそうです。屋根の形は当然間取りから決まってくるわけですが、このかたちは農家の間取りから発展した町家の間取りを表しているとのこと。

 

信達宿は、半農半商で営まれていた宿場町だったそうで、農家では米の他に綿作が盛んでした。まさにこのことと、角屋造りという民家の形は、リンクしているのですね。とても興味深いです。

 

そういうことを事前に少し予習してから今日は現地に臨んだので、さらに深みのある街並みウォッチングが出来て、とても楽しい時間だったのです。

 

もちろん、本来の業務である地盤調査の立会もしっかりやってきましたよ!結果は数日後に出ますが、あまり悪い地盤ではない感じでしたので、少しほっとした、というところでした。

 

この信達宿、ほかにも旧本陣の「角谷家」が時々一般公開されていたり、「信達宿の野田藤」という藤の名所もあったりします。

 

行くのが楽しみであると同時に、そんな素晴らしい家並みに「木想家」が仲間入りさせていただくのですから、いい加減なことはできません。その重圧も心地よく感じつつ、いい家づくりを進めていこうと、今日は思いを新たにした次第です。

 

 

※以下は、今日撮った「妻壁のてっぺんの装飾窓」コレクションです。これもとても美しく、興味深いものでした。

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